明月院
線路沿いにしばらく行き、左に曲がった先にあじさい寺とも呼ばれる明月院があります。明月院に行く途中にもあじさいが咲いているところがあって、なぜか観光客がそこにならんで次々に写真を撮っていました。
明月庵は永暦元年(1160)に平治の乱で戦死した首藤刑部大輔俊道の菩提供養として俊道の子、首藤刑部太夫山之内經俊により創建されました。のちのこの地に北条氏によって建立された最明寺を前身に禅興寺が創建されました。禅興寺は足利義満の時代に関東十刹の一位となり、明月庵は明月院と改められましたが、明治初期に禅興寺は廃寺となり明月院だけが残り今に至ります。
姫あじさい 日本古来からの品種で淡い青色から深い青に日ごとに濃くなっていくのが特徴です。
明月院やぐら 「やぐら」は中世鎌倉時代特有の洞窟墳墓で、明月院のやぐらは鎌倉市現存の中で最大級です。
壁面中央に釈迦如来、多宝如来の二仏と両側に十六羅漢うぃ浮き彫りにし、中央に明月院中興開基、上杉憲方公をまつる塔、その前に香炉が安置されています。このやぐらは、京都で戦士したこの地の豪族、山之内俊道の菩提供養のために、その子どもである山之内経俊によって造られたと伝えられています。
甕の井 鎌倉十井のひとつ。岩盤を直接くり貫いて造ったとみられ、内部が水瓶のように膨らんでいることから瓶の井と呼ばれ、現在でも使える貴重な井戸だそうです。