明日香村マップ
民宿 脇本
今回予約したのは民宿 脇本という、築約250年の歴史ある宿です。泊まる部屋は新築の建物で、窓から天武・持統両天皇の檜前大内陵を眺めることができます。
食事は築250年の母屋でいただきました。夕食時には、旅行好きなおじさま方や、万葉研究家の方などがいらして、色々とお話を伺うことができました。こういうところならではの経験ができてよかったです。

額田王歌碑
宿でご一緒した万葉研究家の方に聞いて、民宿脇本さんの裏山にある歌碑を尋ねてみました。敷地内から山へ登っていくため、話を聞かなければ、歌碑の存在すらわからないような場所にありました。
この歌碑のあるところで額田王は息をひきとったと言われているそうです。
歌碑には次のように書かれています。「いにしへに恋ふらむ鳥は霍公鳥けだしや鳴きし我が念へるごと」
天武・持統天皇陵
民宿のすぐ前にある丘の上に、天武・持統天皇陵があります。かつての大地震でこの丘が崩れ、中の石室が見えたときの絵のコピーが民宿に保管されていました。写真を撮らせてもらえばよかったと後悔しています。

亀石
前回も行きましたが、なんとも愛らしい亀石に会いたくてまた今回も行ってしまいました。
亀石の横には売店があって、売店が開いていないときでも無人の販売所があります。地元で取れた飛鳥芋や色々な野菜などが売っていました。犬のさんぽのおじいさんの話によるとお金を払わずに持っていってしまう心無い人もいるそうです。
亀石の周りの風景の写真をつなげてパノラマにしてみました。少し重いので別ページで開いてごらんください。→パノラマ写真へ
橘寺
仏頭山上宮皇院 橘寺は天台宗のお寺で、敏達天皇元年(572年)に聖徳太子がここで誕生したとされています。
境内には、太子が誕生したときに日・月・星の光を放ったといわれている三光石や、太子が梵字をかたどって作ったといわれている池や、二面石などがあります。この二面石は、人の心の持ち方を表したものだそうで、左悪面、右善面というそうです。
ちょうど太子堂修復工事中だったので、外観を見ることはできませんでしたが、中に入ることはできました。

河原寺跡
復元された礎石が並ぶ広い敷地があります。天智天皇が母斉明天皇のために建てた川原寺の跡ということです。一塔二金堂に三面僧房をめぐらした荘厳な伽藍であったそうですが、調査後は埋め戻され、位置を示す礎石が並べられたそうです。

高松塚古墳
まるでICUに入れられて、生命維持装置をつけられているような高松塚古墳にはとてもショックでした。壁画を維持するために、剥がして保管する方法をとるそうですが、まだ手付かずの状態だそうです。高松塚古墳のすぐとなりに壁画館があり、そこで模写した壁画や石室実物大模型を見ることができます。石室は思っていた以上に小さく感じました。

水落遺跡
かつてここに水時計の建物があり、その周りを塀で囲まれていました。ここから都へ時を告げたり、天文、暦、占いなども担当した役所だったと推測されます。

板蓋宮跡
当時の宮は茅葺や桧皮葺でできていたのに対して、板蓋でできていたためこの名前がついたそうです。中大兄皇子らによる蘇我入鹿暗殺の舞台となったところと言われています。水落遺跡や板蓋宮跡など、きれいに整備されてしまっていると、なんとも味気ないものです。

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