文章内用語解説

*裳階(もこし)

仏堂や塔などで、本来の屋根の下に付けた屋根のこと。

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*塑像(そぞう)

粘土を素材とした彫像のこと。

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*舎利瓶

釈迦の遺骨・仏の骨を入れる瓶のこと。

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*岡倉天心

明治時代に活躍した美術家。 

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*アーネスト・フェロノサ

アメリカ合衆国の哲学者で、日本美術に深い関心をよせていた。

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五輪塔

上から虚空、空気、太陽の熱と光り、水、大地(下から地、水、火、風、空という)という生命の五大元素を表しており、それを司る大日如来の永遠なる宇宙の理法そのものとしてとらえられた仏のあり方を表しています。

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*磨崖仏

自然の丘陵の岩壁に彫刻された仏像のこと。

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百観音巡礼:

西国三十三箇所や坂東三十三箇所、秩父三十四箇所を合わせて百観音巡礼といいます。発願は西国三十三箇所の青岸渡寺で、満願は秩父三十四箇所の三十四番水潜寺となります。 「今昔物語」巻第十六の「仕観音人行竜宮得富語第十五」に百観音詣でのことが書かれていて、百観音巡礼の思想が平安時代にはすでにあったようです。

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そば処 たむら

 
写真奥が巨福呂坂随道です。のあるあたりにお店があります。ぜひお立ち寄りください。

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由比長者

染屋太郎大夫時忠は、藤原鎌足の玄孫(やしゃご)で、文武天皇の時代から聖武天皇時代に鎌倉に住み、東八箇国の総司令官となり東夷も鎮めて由比長者とよばれた。長者久保という地名は屋敷跡だとされる。なお、甘縄神明宮の別当甘縄院は時忠の開基とされる。

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関東十八壇林

江戸時代に徳川家康が、関東にある主要な浄土宗の十八寺院を学問所と定め、各地から多くの学僧が集まり学問と修行を行った。その筆頭寺院が鎌倉材木座にある天照山光明寺である。

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和賀江嶋

光明寺から近い材木座海岸の東南の端に、現存する日本最古の築港遺跡である和賀江嶋があります。 「わがえのしま」または「わがえじま」と読みます。 飯島岬から海に200mほど延びた石積みの遺跡です。 北条泰時が執権のときに、往阿弥陀仏という勧進僧の申し出により築港されたといわれています。 震災や風化により積み石が崩れてしまいましたが、現在でも干潮時には石積みを見ることができます。

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稲村ガ崎

鎌倉七口には入っていませんが、鎌倉時代の初期のころは稲村ガ崎が京への表玄関だったようです。
当初は行列整えて越えることができないほどの難所であったとのことです。
元弘三年(1333年)の鎌倉攻めのおり、新田義貞が黄金の太刀を海中に投げ入れて竜神に祈ると、潮がひいて鎌倉に攻め入ることができたという伝説はよく知られています。

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